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大阪高等裁判所 昭和61年(ラ)407号 決定

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人らが昭和六〇年一〇月二九日付相手方の売渡請求に基づき相手方に対し売渡す別紙株式目録記載の各株式の価格をいずれも一株につき金四六八七円と定める。

本件手続費用のうち当審鑑定人広瀬季永に支払った鑑定料の二分の一を相手方の負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

理由

第一  本件抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  抗告人らが相手方に売渡す別紙株式目録記載の各株式の価格をいずれも一株一万三五八〇円と定める。

第二  抗告理由及び相手方の主張に対する反論要旨は別紙(一)のとおりで、相手方の右に対する反論は別紙(二)のとおりである。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は抗告人らの本件申立はその手続要件を充足しているところ、本件株式の価格の算定方法はいわゆるゴードン・モデル式による配当還元方式によるのが相当であると考えるが、その理由は次のとおり付加、訂正、補充するほかは原決定理由説示のとおりであるからこれを引用する。

1  原決定二枚目表一行目の「おり、」の次に「別紙株式目録記載のとおり(以下同記載株式を「本件株式」という)」を付加し、同四枚目表末行の次に次のとおり付加挿入する。

「ところで、本件会社は創業者故・鈴木清一会長が若くして修養団体『一灯園』にひかれ、深い宗教心に養われ、道と経済の合一を願い、これを実現するために設立した会社であり、『祈りの経営』の『祈りの言葉』をもち、これを経営理念の根幹とする会社であって、元来出資者、従業員、フランチャイズの加盟店についても、右理念に賛同、理解者のみを迎え入れることを旨とし来たり、現に新入社員の研修を右修養団体でなし、始業、終業時に『お務め』として社員全員が『祈りの言葉』を唱和し、会社の行事として『括鉢』と称する清掃奉仕活動をなす外、株主総会においても右経営理念を唱和している。そして、本件会社においては、株式が、出資によって会社と会社関係者との一体感を湧出し、かつ配当によって利益還元をなし、もって会社と人的関係のある株主の利益を図るという、右祈りの経営の福利厚生的機能を有するものと位置づけられ、そのために別紙〈1〉のとおり増資がなされて来たものである。そして、右機能を果さしめるため、株式の売買を希望する者は相手方会社との間で、しかも、その際の株価算定方式が別紙〈2〉のとおり定められ、これによる慣行が永年に亘り確立していた。」

2  同裏五行目の「株式会社」の次に「一二・九三」を、同所の「被申請人会社」の次に「八・一四」を、同五枚目表三行目の「申請人」の次に「らはいずれも右取引慣行により、すなわち、」を、同裏五行目末尾に「右抗告人らの株式の本件会社の発行済全株式に対する比率は荒川が〇・〇六%、丸川が〇・二三%、原が〇・二六%である。」を各付加する。

3  同六枚目表三行目の「有する」の次に「、いわば従業員持株会社的役割を果している」を、同七行目の冒頭に「1」を、同八行目の「あるが、」の次に「共通の指導理念によって一体的に関係者が結合した閉鎖的な共益集団で、支配的持株数を有する大株主がない零細株主構成の会社であって、経済的利益追求を第一義とする一般の会社とは著しく異なり、」を、同一二行目末尾に「そして、一件記録によるも本件会社が将来上場を予定していること、上場を必要とする事情はこれを認めるに足りる資料はない。」を各付加する。

4  同六枚目裏三行目の「方式等」の次に「及び右いくつかの方式を単純又は加重平均する折衷方式」を付加し、同七行目から同七枚目表二行目までを次のとおり訂正する。

「本件は商法二〇四条の四、二項に基づき売買価格を決定するものであって、それは、被指定者が売渡請求をなした時点における会社の資産状態その他一切の事情(ただし株価形成と関係ある要素に限る)を斟酌して、右時点における当該具体的場合における客観的交換価格を非訟手続で形成(確認的測定でなく)するものである。ところで、継続企業は経済的に収益力により成長活動をなす側面と、土地等資産を所有する側面に分かれ、株式の化体する株主権も右に対応して利益配当請求権と残余財産分配請求権に分かれるところ、後記の特段の事情のない限り、一般少数非支配株主が会社から受ける財産的利益は利益配当(特段の事情あるときは会社の純資産価値)のみであり、将来の利益配当に対する期待が一般株主にとっての投資対象と解される。したがって、少くとも会社の経営支配力を有しない(買主にとって)株式の評価は右将来の配当利益を株価決定の原則的要素となすべきものというべきであるが、他方、現在及び将来の配当金の決定が多数者の配当政策に偏ってなされるおそれがないこともなく、右配当利益により算出される株価が一株当りの会社資産の解体価値に満たないこともありうるので、多数者と少数者の利害を調整して公正を期するため、右解体価値に基づき算出される株式価格は株価の最低限を画する意義を有するというべく、また、収益力を欠くとき、将来の配当金の予測ができないとき、又は近く、会社の解散・清算、企業ないしは遊休資産の売却の可能性が認められるとき、会社が協同組合的実態を有するときなど特段の事情のある場合は二次的に会社の資産価値(解体価値又は企業価値)を算定要素として使用又は併用すべき場合があるというべきである。また、上場を仮定して類似業種、会社の株価に比準して算定することは類似性の確保が困難である。

右観点に立って本件についてみるに、本件会社の実態は右にみたとおりであり、本件申請にかかる株式数は相手方の買受けにより、支配株主とならしめるものでないことも前認定のとおりであるので、本件株式は普通の少数一般株式で将来の配当利益を期待するほか支配的要因など特段の株価形成、要素はないものというほかない。そこで、本件会社の特殊閉鎖性、上場の余地が極めて乏しい特質、本件株式の一般通常性をもとに一件記録にあらわれた各算定方式につき以下検討する。

5  同七枚目表三行目の冒頭に「(1)」を付加し、同七行目を「ているが、結局、当該株式が万一、現時点で上場されたとすれば、このような価格になるかも知れない旨の推計にすぎず、本件に参考となるものではない。」と、同八行目の「は適切でなく、」を、「(2) つぎに」と各訂正し、同裏四行目の「考えられ、」の次に「さらに河本鑑定(乙一二号証)に照らせば、右両書面の比較する不二家、白洋舎、花王、レック、ロイヤルがいずれも本件会社と類似性に欠けることは明らかであって、成長性によって類似性をみるべきとする抗告人の主張もとりがたいので、」を、同五行目と六行目の間に次のとおり付加挿入する。

「(3)類似業種比準方式としての国税庁長官通達(昭和三九年四月二五日直資五六)による方式(以下「国税庁方式」という)が守永鑑定において採用され、抗告人らが本件会社は上場基準をみたす大会社であるため最適である旨主張している。しかしながら、右基本通達は大量発生する課税対象に対し国家が迅速に対応すべき目的で課税技術上の観点から考案された方式で、国家と国民の公権力の行使関係を律する基準であって、本件のように私人間の具体的個別的利害対立下で公正適正な経済的利益を当事者に享受させようとする商法二〇四条の四、二項の理念とは異なるものであるのみならず、標本会社の公表がなく類似性の検証が不可能であり、利益の成長要素が考慮されず、減価率の合理性が疑わしいため、本件のような譲渡制限株式の売買価格決定の単純又は併用方式における根拠方式となすことは適当でないという外なく、この点の抗告人らの主張はとりえない。」

6  同七枚目表六行目冒頭に「(4)前認定の」を付加し、同末行の「評価」から同行末尾までを「右評価方法は、当事者間の紛争を前提とせず、本件会社の経営理念同調者で、しかも紛争のない特殊関係者間での迅速簡便に算出できる方法として考案されたもので、商法二〇四条の二、二項の紛争を意識したものでなく、右事例は特殊事例というほかなく右紛争時に参考になるものとは」と、同八枚目表二行目から四行目までを次のとおり各訂正する。

「(5) 収益還元方式については、守永鑑定がこれを併用するが、これは将来各期に期待される一株当り課税後純利益を資本化率で還元する方式であるが、右方式の純利益のなかには内部留保として新たな設備投資などにつぎこまれ、株主に対し直接経済的利益をもたらさないものが含まれている点、河本鑑定によれば右方式の資本化率が相当でないとされる点など疑問があり少なくとも配当政策等企業経営を自由になしえない本件のような非支配株主の株価算定には適当でない。

(6) 純資産価額方式については、広瀬鑑定が時価純資産方式を併用しているが、本件において会社の資産価値を算定要素として斟酌すべき前示特段の事情は認められないので、直ちにとりがたく、ただ、株価の最下限値を確認するためを除き、採用すべき理論的根拠に乏しいという外ない。

以上の次第で、本件においては将来の配当利益を算定基礎として評価する方法が最適というべきであって、本件においては広瀬鑑定、守永鑑定、木田鑑定、河本鑑定が夫々右方法として前二者が単純な配当還元方式、後二者及び抗告人らの試算がゴードン・モデル式による同方式をとっているが、前二者は企業の成長予測が反映されず単純に過ぎ採用できず、結局右利益及び配当の増加傾向を予測するゴードン・モデル式によるのが適当というべきである。

二  ゴードン・モデル式による本件株価の算定について

1  同じくゴードン・モデル式による本件株価の評価についても、右のとおり木田鑑定と河本鑑定において各パラメーターの決定方法が異なる。

河本鑑定によれば同式はW(株価)=D/i-br(i=資本化率、r=再投資利益率、b=内部留保率、D=1株当り利益)で表わされ、経営の現状からみて、可能な範囲の内部留保に基礎をおき、そこから利益及び配当の増加傾向を予測して、利益、配当の成長予測の恣意性、飛躍性をさけようとする趣旨であるところ、右rの把握の仕方につき、河本鑑定は右ゴードン・モデルの基本的考え方をそのまま計算過程に移した安定した手法であるに比し、木田鑑定は限界自己資本利益率と把握しているが、前者の方が理解し易いといえ、bについても前者は本件会社の具体的数値を基礎に予測しているに比し、後者は業界平均値によっているが前者の方が評価対象の実体に沿うものといえるなどの点に照らし、基本的に河本鑑定の手法によるのが相当である。

2  河本鑑定の手法における各パラメーターの数値と算出

(1) 抗告人荒川はrにつき自己資本利益率とみるべく、総資本利益率によるとしても平均同率によるべく、さらに昭和五八年から六〇年各三月期の実数値につき最小自乗法による補正をなすべく、また同鑑定の予測する昭和六一年から同六三年までのrやbが右各年の実数値とかけはなれているために誤っており、iを高く見過ぎているなどと主張するので検討する。

(イ) まず、rの把握につき、河本鑑定は会社が利益をあげるのは自己資本だけでなく借入資金によっても利益をあげうることに着目して、総資本純利益率を基礎とし、これと負債比率を各予測し、内部留保単位1に対する利益率を予測する方法をとり、いわばゴードン・モデルの思考過程をそのまま計算過程に具体化したものであって、合理性があり、さらに外部資本はその金利負担と生み出す利益が相殺され、会社の利益は全て自己資本によるということがいえないので、rの算出式を展開すれば終局的に自己資本に等しいこととなることのゆえに、直ちにrを自己資本利益率としてとらえねばならないものではない。

(ロ) 総資本利益率についても、河本鑑定は負債比率を期末数値から算出する関係上、総資本利益率についても期末法で統一的に把握したものと解され、両者を平均法によらねばならない必然性も認められないので、右鑑定の立場に不合理はない。

(ハ) 総資本利益率の補正については、河本鑑定の予測手法も同抗告人のいうように昭和五六年三月期と同六〇年三月期とのみをいわば直線的に結んでなすものでなく、いわば複利方式で低下してゆく場合に通常なされる四乗根を用いて平均低下率を算出し、直近である昭和六〇年三月期の実績値から出発して予測しており、特段の不合理は認められず、抗告人主張の補正法自体、これをなすべき根拠が十分でない。

(ニ) 本件株価の決定は本来、売渡請求時である昭和六〇年一〇月二九日時点における合理的に予測し得た資料に基づきなすべきものであるところ、同抗告人主張の昭和六一年ないし同六三年の自己資本率や内部留保率をもたらした原因事実が右売渡請求時点において既に予測しえたことを認めるに足る資料がないので、右予測値と三年の実績値が一致しないことから直ちに右鑑定の予測値が誤りであるとはいいがたい。

(ホ) iについては、本田鑑定意見(乙一五号証)によれば、ゴードン・モデルにおけるiとrの関係は、rが大きければ即ち高い成長性を有しておればそれを維持するためのリスク・プレミアムが大きくなり、iが大きくなる相関関係があるとされているが、鑑定の実際においてはiは当該会社のrとの相関関係においてではなく、会社の大小、譲渡制限等の一般的要因により決められ、ゴードン・モデル式のiについて、右鑑定は右応募者利回りの一・一倍の数値により、別件において小野鑑定人は長期国債利廻りを基礎として市場性欠如によるリスク・プレミアム五〇%、これに対する譲渡制限による同プレミアム一〇%、さらに中小企業による同プレミアム一〇%(対基礎資本化率倍数一・八一五倍、中小企業による右プレミアムを除いた場合は一・六五倍)を加算した数値(乙一八号証、河本鑑定人も右別件で右小野鑑定に対する意見書において右iについては反対意見をのべていない)により、広瀬鑑定は本件において単純な配当還元方式のiにつき、長期国債利回りを一・四四倍した数値によっている。そして一件記録によれば河本鑑定におけるr、bは極めて控え目に予測されており、本件会社の規模は上場基準をみたす程の大きさの会社であり、その経営も安定していることが認められるので、本件会社自体にiを特に高くすべき要因は見当らないというべきである。以上のところによれば、河本鑑定が基礎資本化率の一・八倍(株式であることのリスク〇・二倍、これに対し更に譲渡制限であることによるリスク〇・五倍)の数値によるのは、いささか高過ぎるというべきである。そして木田鑑定意見(乙一五号証)によれば右基礎資本化率を政府保証の長期公社債の応募者利回りによることは通常行われることであることが認められるので、右小野鑑定の手法中中小企業性によるリスク・プレミアムを加算しない算式(基礎資本化率に対し一・六五倍)と、昭和六年一〇月時の右政府保証長期公社債の応募者利回り六・二二%によるのが相当というべきである。そうすると別紙計算書のとおりiは〇・一〇二六となる。

以上のとおりであって、右に反する双方の主張は採りがたい。

(2) そこで、ゴードン・モデル式の各パラメーターをiは前項(ホ)の数値、その他は河本鑑定による数値により計算すると別紙計算書のとおり本件株式の価格は四六八七円と算出される。

(3) 抗告人荒川はゴードン・モデル式の各パラメーターに種々数値を代入して同式による本件株式の価格を試算している(甲一三、二二号証、昭和六三年九月二一日準備書面)が、いずれもr、bの数値の決定の根拠が説得力十分といえず直ちにとりがたいのみならず、右試算値一万五二六八円をもとに利廻りの計算をすれば一%にも満たず、余りにも高額に過ぎ到底とりがたい。

三  つぎに、本件株価の最下限値の確認をなす。それは前示のとおり純資産価額方式により会社を現時点で解体し個別に処分したと仮定したとき、一株に対し払戻されるであろう額で計算されるところ、この場合棚卸資産は少なくとも簿価の五分の一ないし一〇分の一に、土地以外の有形固定資産は同簿価の五分の一以下に評価し直し、従業員退職金は全額控除すべきものとされている(乙一八号証)。

そこで、広瀬鑑定における時価純資産(再調達時価)方式による計算を、資産のうち棚卸資産、償却資産を各簿価の五分の一に減価(退職金実額が不明のため一応引当金限度の控除にとどめる)するのみの修正をなして計算すれば、一株当り三三三九円となり、前項ゴードン・モデル式による株価を下まわることが明らかである。

四  以上の次第で、本件株式については、ゴードン・モデル式による配当還元方式以外の方式(例えば収益還元方式、純資産価額方式)がいくらかでも適する事情が認められないので複合して併用する余地がない。

よって、結局、本件株式の売買価格は四六八七円と定めるのが相当である。

五  よって、本件抗告は右限度で理由があるから、右と異なる原決定を主文のとおり変更することとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法二六条ないし二九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 潮 久郎 裁判官 杉本昭一 裁判官 三谷博司)

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